40代の転職漂流記

40代の今、数社の転職を重ねた経験と、これからの生き方を模索しています

仕事内容が面白いか面白くないか、感じる心を素直に受け入れる

この国における労働者の仕事内容に対する意識や捉え方は、どのようになっているのでしょうか。自分で調査や統計を取ったことはなく、マスコミやインターネット上の情報を元として、自分なりの感覚で判断しているに過ぎませんが、少なくない人々が仕事を面白いとは感じていないだろうと捉えています。

私は、苦手な分野の仕事を任されたことで、自分の得意とする分野、興味のある分野、またやりたくなかったことは何だったのかを再確認することが出来ています。また、我慢し続けることが美徳だとは思えないから、この状況を変える努力をします。しかし、そういう認識が持てても、自身の心は休みの日も含めて「面白くない」と感じ続けています。それが本音です。

もしも、自分の苦手とする分野だったとしても、面白いと感じたらどうだったでしょうか。実は食わず嫌いでその分野を嫌っていただけで、やってみたら面白かった、そう感じることはあるでしょう。もしそうなったら、素晴らしいことですね。

しかし、「面白くない」と感じることが支配的となってしまったら、それは自分の心が自分に対して発する注意、警告だと捉えた方が良さそうです。このブログは、自分の仕事に対する心情を綴ることが主な目的となっていますが、仕事に限らず、面白くないことを延々と続けて良いことはないでしょう。無論、面白くなくてもある程度は我慢できたり、何かのために割り切ることが出来る場合もありますが、我慢も割り切りも出来ないとなったら、それは危ない予兆だと捉えたいです。

面白い、面白くないことについて、自分なりの分析と対処を書いてみようと思ったのですが、ここまで書いて、もっと単純に考えても良いのかもしれないと思えました。面白くないなら、それを素直に受け入れる。他人から見たらどうとかということは、この際考えない。

面白くないと感じるなら、面白くなるような仕事内容に変えていくか、面白そうな会社に転職するか、すべての責任を背負って独立もしくは起業して、自分ですべてを仕切るか。いずれかの選択をするならば、身勝手なわがままとはなりませんね。

ここで会社や環境に対して一方的な文句を言うだけに留めてしまう、単純に会社や環境が悪くて自分は正しいとしてしまうことに終止してしまうと、負の連鎖に陥ってしまいそうです。

仕事をまったく面白くないと感じた場合は、チャンスかもしれません。行動を起こすべきだという信号だと捉えられれば、これはチャンスです。もっとも、仕事をまったく面白くないと感じている状況では、仕事以外のことに対してもやる気をなくしているかもしれません。私自身、これを書きながらそのような状態になっているのを感じます。自分で書いたとおり、これは自分でなんとかしろという信号なのだ、と捉えています。

ただ、今は気持ちが浮いているけれど、それは一時のことになるでしょう。面白くないことが支配的だから、きっとまた沈みます。でも、そうやって浮き沈みを繰り返すものだと認識していたら、大丈夫です。それでも、沈んでしまっている時はつらいのですけれどね。

何とかしましょう、各々の人生ですから。